さんまのチカラ

今までの人生で辛いことがあった時に 少しでも笑いたくて憧れて追いかけてきた

運と人生のバランス

 

明石家さんまは「バランス」とうキーワードをよく使う

運のバランス
人生のバランス
人気のバランス
芸能人生のバランス

ここまで長く芸能界で今のポジションを維持できて
全国たくさんの人に応援してもらえて
経済的にも困らない生活ができている

だからプライバシーを多少は侵食されて
私生活もある程度公けになってしまうのは仕方がないと考えている

サインを求められれば時間が許す限り応じる
写真撮影も時間が許す限り対応する

後輩芸人たちが「大御所のさんまさんがそんな神対応をすると、自分たちもやらなければならなくなるので困る」と嫌がるほどだ

変にコソコソしたり、断ったり、逃げたりするより進んで対応したほうが楽なのだそうだ
新幹線内では知らない人にもすべて挨拶すると後輩芸人たちにはちゃかされている

写真週刊誌などの記者たちが自宅で待ち構えていたら
自ら車の窓を受け取材を受ける

過去にも様々な記事を書かれたそうだが
ほとんどの記事は事実と違う内容らしい

各出版社の新人取材記者の研修として
明石家さんまの取材に行かされるらしい
さんまに対応してもらえないようではこの仕事に向いていないと判断されるし
最初のいい練習になるようだ
昔は芸能人と芸能記者は共存共栄だった
もちろんそこには忖度も存在したはずだ
昔のほうがよかったとは言わないが
ただ現代のほうが嫌なこと嫌な関係性が多い気がする

人の心が見えてこない
誰にでもある善悪、長所や欠点
人間を許容する温かく優しい心が見えにくい

何がいいことなのか良くないことなのかよくわからないが
ダウンタウン松本人志明石家さんまのような週刊誌との関係性があったのであれば
今回のような展開にはもしかしたらならなかったのかもしれない

 

ダウンタウン松本人志は今回の件で突然メディアから姿を消してしまったが
明石家さんまもいつかは引退をする
そのことを思うと怖くなってきた

子供の頃から当たり前のようにテレビで見ていた
明石家さんまより長く芸能人生を続けているキャリアの長い人達はもちろんたくさんいるが
さんまほど長く第一線で人気を保ち続けた芸能人は少ない
歌手や俳優でも息の長い人気の人もいるが
明石家さんまにはテレビの露出度において及ばない

もちろんテレビだけが芸能活動ではないが
国民的認知度の高さは群を抜いている

さんま自身の努力があってこそ
今があるのだとは思うが
良き人との出会いがあったからこそ今があり
幸運だったと語っている

育った家族環境
師匠や数々の先輩芸人
自分の番組で頑張ってくれる後輩たち
離婚したとはいえ
大人に育ってくれた二人の子供

キャラクターにないように感じるかもしれないが
本来はものすごく謙虚な人である

ビートたけしの背中をずっと追いかけていて
未だに抜いたと思ったことは一度もないと語っている


当たり前の存在のように感じている親たちもいつかは別れがくる
いや自分が先に死んでしまうかもしれない

そう考えるとあらゆる宗教の教えや
自己啓発的な
ポジティブシンキングにあるように
今日一日を生きていることに感謝し
精一杯生きること
今日一日を頑張る

それにつきる
それしかない

でもまた同じように繰り返して
迷って後悔してしまう

まあそれも人間であり人生か
幸も不幸も
事故も病気も
困難と感じるか感じないかも
自分の心のバランスで保っていくしかない

さんまが言うように
「自分を過信してはいけない
その日の自分がピークで後悔はしない」

自分を過信するから
落ち込んでしまう

人と比べてしまうから
人を羨んでしまうから
落ち込んでしまう

あらためて思う
この言葉は単純なようで
とても深い

 

笑われることと笑わせること  

 

笑われることと笑わせることは違う

笑いたいと願うことと
思わず笑ってしまうことも違う

笑われることが時によっては苦痛になり
馬鹿にされていると感じたり
笑われることが人との壁となり障害になってしまう場合もある

受動的で被害妄想な気持ちだけが占有してしまい
どんどん殻に閉じこもっていってしまうこともある

逆に笑われることが人との接点になり自分の存在意義に感じることもある
笑いが人と人との潤滑油になる場合もある

嘲笑と微笑みと大笑い
笑う心持ちによってまるで違ってくる

皮肉なもので鈍感力を発揮して笑ってくれていると好意的に受け止めるか
笑われることを見下げられていると捉えるかによってまったく変わってくる

笑いとは本来は人間の残酷な意識が内包しているものだ
見下げて差別感覚での嘲笑
自分より下だと思える相手を見つけて自分を安堵させるという下卑た笑いもある

笑いの本質的残酷さをビートたけしは昔からよく語っていた

若い時は笑うことについてなんて考えたこともなかったが
大人になるにつれ
仕事・病気・家族の様々な困難でとても笑えない事柄に直面するようになって
ある時「そういえば最近腹の底から笑ったことがあっただろうか」とふと思うようになった


小学生や中高生が友達同士で登下校に大笑いしながら歩いているのを見かけると
なんかいいなと思う

大人になり社会人になるとさすがに人目をはばかるので周りに聞こえるほど大笑いして歩くことも少なくなった

そもそも大笑いすることが少なくなる

仕事のストレスやプレッシャー
人間関係の悩み
体調や病気に対する心配
経済的な苦労
家族に関する心配事などで
何も考えず屈託なく笑うことがどんどん少なくなってくる


心理学的には男性も女性も
一週間に一回くらいは何か泣ける映画を観たりして大泣きしたほうがストレス軽減効果があるらしい

泣くポイントは人によって違う
動物物に弱い人
子供関係に弱い人
病気
恋愛
母親や父親など親族など

思い切り泣いたあとの方がおもいっきり笑えるような気はする

笑うポイントも人によって違う
多くの芸人がいるがみんな好みが違うだろうし
漫才は笑えないがコントは笑えるという人もいる
吉本新喜劇が一番笑える人もいれば
コメディー映画で笑う人もいるだろう
ギャグ漫画で笑う人もいれば
芸能やメディアより身近な友人が一番笑える人もいるだろう


幼い子供たちにとっては
「そんなの関係ねぇ!」 小島 よしお
「安心してください、はいてますよ。」とにかく明るい安村
志村けんの「変なおじさん」などのほうが圧倒的に面白いはずだ


赤ちゃんはお母さんの顔を見て笑っているのは何を感じて何を思って笑っているのだろうか
自分も赤ん坊の時はにっこり笑っていたのだろうか

笑いに理屈はいらない
考える前に笑って
悩む前に
まず笑って

それから一息ついて悩んで
そして最後は笑おう

 

異端の先にあるメインストリーム

 

明石家さんまは元々は落語家だ
笑福亭松之助に弟子入りして
弟子時代は川沿いを歩きながら落語を繰(く)っていたという
繰っていたというのは要は練習していたということだ

実際にもし落語を高座で披露したらどんなものになるか興味はそそられる

師匠から「雑談を芸にしてお客を笑わせたら一流や」の言葉を忠実に実践してきている
さんまの才能を見抜いて向かう方向を示した笑福亭松之助も凄いが
ちゃんと師匠の教えを忠実に守るさんまも凄い

あまり印象にないかもしれないが
さんまは先輩後輩としての礼儀や
師匠の教えは素直に聞くタイプだ

そんなさんまだからこそ
吉本興業創業110周年特別公演『伝説の一日』での『さんまの駐在さん』において
先輩後輩を含めた人気者たちを仕切っていじって全体を回すことができる

ダウンタウンでもそこまでの関係性がないため難しいと思う

今でこそお笑い界のメインストリームを走っている印象だが
漫才ブームの時は人気においては他の漫才コンビより人気は下だったたし
漫談もそれなりに受けてはいたが
トップ人気でもなかった

やはり大きな分岐点は『オレたちひょうきん族』でブラックデビルアミダばばあのキャラクターで子供も含めて幅広い年齢層に人気が出たこと

そして『男女七人夏物語』において
男としてのカッコよさが若い女性たちにも受け入れられたことが大きい

そして大竹しのぶとの結婚
結婚当時の大阪での吉本の劇場での楽屋では
芸人仲間たちからは驚きと拍手喝采だったという
大阪の芸人が人気女優と結婚したことが
仲間として誇らしく思ったという

芸人は今でこそ社会的認知もされ
MCもこなし役者もこなし
本当は頭の良い人達と認知されステータスは上がったが
昔は芸能界のヒエラルキーでは末端扱いだった
俳優・女優・アイドル・文化人の下の扱いだった

それをひっくり返した功績が一番大きいのは
やはりビートたけしだろう
映画監督としては海外評価され
小説も書いて絵も描く
昔は詩集を出していた
そして『浅草キッド』という芸人のバイブルのような曲も書いてしまった

今の世代にはいわゆるBIG3は時代遅れのお爺さんにしか見えないかもしれないが
やはりビートたけしタモリ明石家さんまは凄いのだ

みんな異端としてはみ出て自分たちのスタイルを貫き通して
第一線に駆け上がった

そして雑談芸をメインにして勝負に挑むという
異端の道を突き進んだからこそ
今の明石家さんまがある

それは次の世代のとんねるす・ダウンタウンにも言える
ダウンタウンは新人の頃は横山やすしには酷評されていた

しかし島田紳助明石家さんまダウンタウンがNSC時代に講師として出向いた際に
「一組だけ飛びぬけた奴らがおる」と
早くから才能と実力を見抜いていたらしい

ダウンタウンの漫才はチンピラの立ち話と横山やすしから酷評されたように
今までにまったくなかったスタイルだった

漫才師たちは元気よく明るくオーバーに表現するのが当たり前だったのに
声を張ることもなく淡々とゆっくりとしたテンポの漫才だった
従来のセオリーを全く無視したスタイルを貫き通してTOPにのし上がった

 

異端で勝負して成功することなく消えていった人たちもたくさんいるだろう

世間から異端と見られても
自分を信じて突き進む姿はたまらなくかっこいい

自分が好きで信じた道を進むことが本人たちにとって最良の選択だったのだろうし
芸人に限らず人生を賭けて挑むような好きな仕事があるっていいなと思う

幸運不運は人によって解釈や捉え方が違うが
好きなことに若い段階から出会うことが
何よりの幸運なことではないか


今からでも探せば出会えるのだろうか

 

俺は教えるのは出来へんねん


明石家さんまは言う

「俺は教えるのは出来へんねん」
「なんで出来へんのや?と思ってしまう」

さんまのアドリブ力は驚異的で
どんな場面どんな相手においても
瞬時に笑いに変換してしまうし
その場の流れの中で出てきたワードを瞬時にアレンジしてしまう

ものまねもコツだけすぐに掴んで多少似ていなくても
自分の物にしてアレンジしてしまう

コントも漫談もトークも芝居もこなしてしまう
相当器用だ
お笑い怪獣と言われる所以だ

そんなさんまも教えることは苦手という
自分が出来てしまうので出来ない人の苦労や気持ちがわからないらしい

スポーツの世界でも
天才的プレイヤーが必ずしも指導者として優れているとは限らない
WBCの栗山監督は教えるというより人を活かす術が優れているのだろう

プロ野球選手で監督も務めた落合満博の打撃技術書を少し見たことがあるが
素人が見ても何が書いてあるのかわからないところばかりであったが
克明に丁寧に解説してあった
技術を言語化したり体系化することが出来る人もいる


仕事においても同じだ
相手の能力に合わせて丁寧に
解説しながら教えることが得意な人がいる

どうしても自分がやったほうが早いと思ったり
逐一丁寧に教えても出来ないといらついてしまったり
根気が続かないと突き放してしまうこともある

僕も事務的作業や手順は比較的根気よく教えることはできると思うが
顧客とのコミュニケーション術はなかなか言語化できない
ニュアンスやその場の空気
そして相手によって全然変わってくるからだ
いつまで経っても難しく思う

ただ教えることによって自分にフィードバックできる利点もある

教えることによってその意味と根拠を再確認できる
教えることによって復習する
教えることによって自分でも新たな疑問を発見できる
教えることによって忘れていた基本を思い出す
教えることによって自分も意味が分かっていなかったことに気づく

教えることによって自分もバージョンアップできるということだ


組織やチームというのは有機的なもので
その時のメンバーや資質や能力
個性や時代性
様々なことが影響してくるので難しい
でもだからこそ面白いのかもしれない

笑わせる技術を教えることも難しいだろう

でも「笑う」ということは教えることなのだろうか

いや赤ちゃんは自然に笑っている

笑うことは本能的で自然に備わった感情であり技術であり本能なんだ

だから笑いは消えることはない

きっと・・

 

優れた話芸は音楽に聞こえる

 

話芸とは一体なんだろうか
人を引き付けるスピーチ
落語や漫才や漫談など
同じ内容や文書でも
喋る人によって
聞こえ方が全然違ってくる

話芸には文章では表現できないものがある
声・トーン・リズム・間・強弱・演技様々な要素が融合して構成される
”てにをは”が微妙に間違っていても
文法が多少間違っていても
心を打つ話術がある

亡くなった上岡龍太郎の「横山ノックを天国へ送る会」での献杯の挨拶は何度も聞いた

横山ノックの経歴と人生
欠点と長所、趣味や妻のこと
笑いを交えた見事なスピーチになっている
引退してだいぶ経ってからの久しぶりの公の場でのスピーチだったが
やはり喋りのプロってすごいなと思った

話芸は台本が完璧な文章であれば成り立つというわけではなく
声・間・リズム・トーン・緩急・感情移入など
様々な要素が有機的に絡まりあって初めて成り立つものだ

古今亭志ん生などの古典落語の名手の落語を聞くと
話芸なのか個性なのかわからないくらい熟している
技術にみせないところが技術なのだと思う


優れた政治家の人を惹きつけるスピーチも話術であり話芸といえるかもしれない
理屈や論理の整合性よりも先に
人の心に響くかがまず重要だ
どんなに正論でも何か上から目線だったり
この難しい理論があなた達は理解できていますか?みたいなのは
なんかスッと心には響いてこない

型どおりの挨拶よりも
稚拙でも自分の言葉で必死に語りかける言葉は心に響いてくる

人前での話が苦手な僕は
上手く喋ろうと上手く伝えようとすればするほど
あせってとんちんかんな話し方になったり
ゆっくり話しているつもりでも
聞き取りづらい早いスピードで話してしまったり
同じことを何度も繰り返してしまったりする

お笑いに限らず人前で上手に喋って
注目を集めて話術で自分に集中させることができる人には昔から憧れる

だからミュージシャンや芸人に僕は憧れる
話術や音楽で自分を表現できるっていいな

この稚拙な僕のブログの文章において
ほんのささやかでもいいので
何かを表現できたらいいなと思っている

文章には話術では表現できない何かは必ずあるはずだ

話芸にもたくさん癒されてきた
音楽にもたくさん救われたきた
そして
文章にも
言葉にも
たくさん救われて支えられてきた

優れた文章には話術では表現できない要素が詰まっている

話術は耳で読み
文章は目で聞く


僕には優れた話術が音楽に聞こえる

 

明石家さんまの突破力

明石家さんま
笑っていいとも!』における『タモリ・さんまの日本一の最低男』
そして『さんまのまんま』

この雑談をメインにした企画を当時始める際には、雑談だけでは無理だと周囲は反対だったという

さんまは「しばらくやらせてくれ。視聴率が悪かったらあきらめるから」と説得して始めたという

結果的には成功して、今では雑談的なトーク番組は当たり前に見かけるようになった
おそらくさんまにとっても相当なプレッシャーだったと思う
と同時にさんまの中では「出来る!」という自信も同時にあったはずだ

不安はあれど自分の自信を信じなければ最初の一歩は踏み出せない

リスクを背負って何かに立ち向かう姿はどんな分野でもかっこいいなと思う

どんな世界でも枠からはみ出るような人たちが新しい物を作り上げていく

今でこそ当たり前のようにプロ野球選手たちはメジャーを視野にいれているが
野茂茂雄は手斧一つで乗り込んで切り開いていった

イチローだって反対された振り子打法を頑なに貫いた

最近では無理と言われていた二刀流を成功させた大谷翔平もしかりだ


昔、笑福亭鶴瓶上岡龍太郎
鶴瓶・上岡パペポTV』という番組があった
これも事前打ち合わせや台本がないフリートークだけの番組だ

政治・お笑い・芸能界・風俗文化など幅広いテーマ
そして鶴瓶の面白話
あらゆる分野の話題でトークをして笑いに変えていた

笑福亭鶴瓶
鶴瓶のスジナシ』では台本の無い即興ドラマを当日初めて知らされるゲストと挑んでいた

鶴の間』では、これもまた当日初めて知らされるタレントや芸人と即興漫才に挑んでいた
鶴瓶はそのキャラクターが先行して、その技術や話芸にフォーカスされることは少ないが
本来は芸事に真摯に向き合い、新しいことに貪欲にチャレンジし続けている芸人だ
そして何より度胸があり肝が据わっている

上岡龍太郎の『EX Osaka』(1990-1994)では
視聴率実験や放送コードの限界への挑戦
占い師たちの論争など
革新的で実験的な企画が多く面白かった

ダウンタウンガキの使いやあらへんで!』でのダウンタウンのフリートークも即興漫才の究極なスタイルを具現していた

今現在でも面白い番組は僕が知らないだけであるのかもしれないが
昔は実験的挑戦的番組がたくさんあった気がする

実験的番組の舞台はYouTubeや配信番組に移ってしまったようだ

そのパペポ上岡龍太郎はもう故人となってしまい
そして松本人志は休業してしまった


明石家さんまも今年で69歳になり
残りの芸能人生はいつまでかはわからない
見る限り十分元気ではあるが・・

たくさん笑わせてもらっただけでなく
人間としてのチカラと人生の突破力に感服する

せっかくファンとして同時代に生きているのだから
少しでもそのエネルギーを自分も纏って生きていきたいと思うばかりだ

 

一番難しいのが現状維持やということに気がついた(さんまの名言)

 

最近の明石家さんまの夢は「現状維持」だそうだ
テレビやラジオで何度か語っている

長いキャリアの中でいろんな新しい事への挑戦をしてきて
現在の地位と人気を得てきた
そんな中で現状維持が一番大変だということに気が付いたそうだ


現状維持は後退でしかないという厳しい考えもあるだろうが
さんまの現状維持は僕らの考える現状維持とはレベルが違い過ぎる

時代が変わっていき芸能界の状態も変化していき
周りのスタッフも若返っていき
予算が減っていくばかりのテレビ界で
人気番組を継続していくことは大変なことだろう

笑いのスタイルも変化していき
新しい人気者が次から次へと出てくる中で
第一線で活躍し続けるのは並大抵なことではない


確かに考えてみれば一般の仕事においても
顧客との関係性を維持することというのはとても大変だ
長年積み上げてきた信頼も何かのミスやトラブルで一気に信頼を無くすこともあるし
担当が変わってしまったことにより顧客が離れていくこともあれば
逆に担当が変わったことによって信頼を得るように変化する場合もある

飲食店であれば、少しの手抜きや味の変化
接客対応の不備などにおいて
徐々に客足を遠のかせる要因になる

ましてや年齢を重ねるうちに記憶力や体力、瞬発力が衰えていく
若いうちはメモなど取らなくても全部出来ていたことが
年齢を重ねるとメモをしても忘れてしまうことが増えていく

僕は明石家さんまより年下だが
さんまのように元気を出そうと思っても
すぐヘナヘナとへこたれてしまう
どうしたらあんな元気と笑いを保つことが出来るのだろう

芸能人に限らず周りにいる一般の人たちの中でも
いつもポジティブでくよくよせず
元気一杯の人を尊敬する
向日葵のような笑顔で対応できる人を尊敬する

もちろん陰では苦労や悩みは当然あるだろうが
それを愚痴ることなく元気オーラを周りに振りまく人を尊敬する

さんまみたいに周りを笑いに包む能力はないが
人の話を微笑みながら優しく聞くことならできるかもしれない

もしそこにささやかな安堵感を与えることができて
少しでも笑顔がこぼれる会話が出来たのなら
ささやかでも人の役にたてているのかもしれない