さんまのチカラ

今までの人生で辛いことがあった時に 少しでも笑いたくて憧れて追いかけてきた

人の悪口、浮かばないねん


明石家さんま「俺、嫉妬心ないから、人の悪口浮かばないねん」
中川家礼二 「たしかに、さんまさんの悪口聞いたことないですね」
明石家さんま
「人の悪口、人生六十年間、言ったことないと思う。そやねん、浮かばないねん」
間寛平   
「ホンマですわ。二十年以上ゴルフやって、ずっと帰るとき、車の中にショージと俺とさんまちゃんと三人いてるけど、人の悪口言ったことないですわ」

確か『明石家電視台』か何かでの会話だったと思うが、普段から他人への嫉妬がないと言っているから他人の悪口も言わないのだとは思うが
驚くのが「悪口が浮かばない」ということだ

「人の悪口を言わないように気を付けよう」とは思うが
「人の悪口が浮かばない」となると次元が違う

人に対して優越感も持たず、劣等感もないからなのだろうか
明石家さんまは普通にこう言っているが、なかなかの境地だ

人の悪口を言ったら少なくとも自分の悪口も少なくとも同じ量は言われているものではないかと思うのだが、浮かばないとなるとさてどうしたものか

人から意地悪をされたと感じたら
それは自分にも意地悪な感情があるからそう感じるのであって

人に馬鹿にされたと感じたら
自分も人を馬鹿にして見下す同じ感情があるからそう感じるのであって

人からの優しさを感じたら
きっと自分にも同じ優しさの感情のかけらがあるのだと思っている

ということは人の悪口を言うということは
ある意味自分の中のいやしい悪意を語っているにすぎないのかもしれない
いくら限られた人だけに隠れて言おうと
自分で独り言として言おうと
自分の悪意を放出しているだけなのかもしれない


そして逆に人から受けた優しさを感じて語るということは
自分にも優しさのかけらがあることを感じて
その自分のささやかな優しい心を
人の優しさをまとって語っているということかもしれない

結局は自分自身の心の在りよう次第なんだ